
将来の循環器疾患リスクに影響する4つのリスク
全国11保健所と国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、大学、研究機関、医療機関などが共同研究を行っている多目的コホート研究(JPHC Study)。その成果のひとつとして45歳時点での循環器の病気を発症する生涯リスクが推定されました※1。将来の循環器疾患を防ぐために今とるべき行動は何かを研究結果からみていきましょう。
約2万6000人の調査でわかった循環器の病気の生涯リスク
JPHC Studyに参加する8保健所の管轄地域に住む住民(約2万6000人)を対象に、1993年と1995年に行った調査研究によって冠動脈性動脈疾患と脳卒中、心血管疾患の生涯発症リスクが推定されたことが報告されました。これは、調査時点で脳卒中や心筋梗塞の循環器疾患がない40~69歳に対して行ったものです。その研究結果から、45歳、55歳、65歳、75歳と10年ごとの状況をみると、生涯(85歳まで)にわたってどのくらいの確率で循環器の病気になるのかを算出すると、①血圧、②non-HDLコレステロール、③喫煙、④糖尿病という4つのリスク因子が大きく影響していることがわかりました※1。
循環器の病気の怖さ
循環器疾患は、新生物(腫瘍)に次いで、死亡者数が多い病気です(図1)※2。さらに循環器系のなかでみると、もっとも多いのが高血圧性を除く心疾患、次いで脳血管疾患(脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血など)、心不全になります。
循環器の病気は、発症してから治療が行われるまでの時間が重要となることが多く、時間の経過とともに救命が難しくなっていきます。また、救命ができた場合でも、循環器の病気を起こす“素地”は変わらないため、再発をくり返しやすいのも特徴です。
大事なのは生活習慣病予防と禁煙
今回の調査研究では、循環器疾患の生涯リスクを高める要因として4つがあげられました。それぞれをみていきましょう。
①高血圧
血圧は心臓から押し出された血液によって動脈の内壁にどのくらいの力がかかっているかをみるもので、心拍出量と末梢血管の抵抗によって決まります(表1)。
表1 血圧を決める要因
心拍出量 |
1回拍出量×心拍数 |
末梢血管の抵抗 |
血管の太さ(血管内径)、血管壁の弾力性 |
血液量が多くなるほど、動脈の内壁には強い力がかかって血圧は上がります。また、末梢血管が細く固くなるなどして抵抗が大きくなっても血圧は上がります※3。
②non-HDLコレステロールの上昇
Non-HDLコレステロールは総コレステロール(TC)から、HDLコレステロールを引いたものです。LDLコレステロールは“悪玉コレステロール”、HDLコレステロールは“善玉コレステロール”と呼ばれていますが、総コレステロールからHDLコレステロールを引いた値は、LDLコレステロールも含む“悪玉コレステロール”を指すもので、とくに冠動脈の病気の発症に影響する指標といわれています※4~6。
③喫煙
タバコにはニコチンによる依存性と有害性、主流煙の有害化学物質による健康への影響などがあります。喫煙は、心筋梗塞や狭心症、脳卒中、腹部大動脈瘤、末梢動脈硬化症などのリスクを高めることがわかっているほか、循環器以外にも肺がんや食道がん、肝臓がんをはじめ、多くのがんの原因のひとつとなります※7。
④糖尿病
糖尿病は、血液中のブドウ糖濃度が高い状態が続くもので、インスリンという膵臓から分泌されるホルモンの不足やインスリンが作用しないことが原因となります。その多くは生活習慣に起因する2型糖尿病です。血糖値が高い状態が続くと網膜症、腎症、神経障害の3大合併症のほか、心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高くなります※8。
平均寿命と健康寿命の差を縮めるには
循環器の病気の治療は進歩しており、救命できるケースも増えてきました。しかし、脳卒中は発症後に後遺症が残ると、要介護リスクが大きくなるなど、日常生活への影響が大きい病気もあります。生涯にわたってこのリスクを減らすためには、この4つのリスクに着目して予防対策を継続することが重要といえるでしょう。喫煙を除き、血圧とnon-HDLコレステロール、糖尿病の3つの予防対策の多くは共通しており、この予防対策がその他のリスク要因の改善にもつながるためです。
まずは禁煙
厚生労働省の「令和5年国民健康・栄養調査」によると、喫煙者の割合は年々減少しています。喫煙は「百害あって一利なし」ということが周知され、たばこ税の増税も禁煙を後押ししたといえます。しかし、依然として男性で25.6%、女性で6.9%が習慣的に喫煙をしています※9。
高血圧やコレステロール、糖尿病の3つのリスクを高める共通の要因がタバコです※10~12。まずは禁煙を始めることで、3つの病気のリスクを減らしましょう。禁煙を開始することで血圧、脂質、血糖値の改善が期待できます。
運動の継続
厚生労働省の『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』では、高血圧、脂質異常症、糖尿病がある人の身体活動として、次のような推奨の目安を示しています※13。
表3 慢性疾患がある人の“身体活動”推進のまとめ(一部抜粋)※13
疾患 |
推奨の目安 |
|
全体 |
特記事項 |
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高血圧 |
・週150分以上の定期的な中強度の運動(1日30分以上) ・筋力トレーニング週2〜3日 ・筋力トレーニングは低強度から開始し、体力・病態に合わせて漸増する |
高強度・高用量で出血性脳卒中のリスクの可能性があり、推奨量以上は慎重にする |
脂質異常症 |
筋力トレーニングを、体力レベルに合わせた強度で実施することで、脂質異常症を改善させるかどうかは不明瞭であるが、筋力および身体機能を高め、生活機能の維持・向上が期待できる |
|
糖尿病 |
非運動日が2日以上続かない 筋力トレーニング:週2〜3日、連続しない日で禁忌でなければ両方行う 日常の座位時間が長くならない。軽い活動を合間に行う |
運動(身体活動)は、いきなり高い強度で行おうとしても継続が難しくなります。無理のない強度で開始し、1日合計40分を目標にしましょう※13。
食事の見直し
食事全体では、栄養バランスの良さを重視すること、腹八分目を意識しましょう。腹八分目を心がけることで脂質、糖質の摂取量を減らすことができ、適正体重の維持につながります。また、高血圧の予防にもっとも重要なのが減塩です。
<参考資料>
※1 国立がん研究センターほか:多目的コホート研究(JPHC Study)冠動脈性心疾患、脳卒中、心血管疾患の生涯発症リスクについて
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/9504.html
(2025年5月15日閲覧)
※2 厚生労働省:令和5年(2023)人口動態統計(確定数)の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei23/index.html
(2025年5月15日閲覧)
※3 日本臨床内科医会:わかりやすい病気のはなしシリーズ9 高血圧
https://www.japha.jp/doc/byoki/byoki009.pdf
(2025年5月15日閲覧)
※4 国立がん研究センター:がん対策研究所 予防関連プロジェクト 多目的コホート研究(JPHC Study) Non-HDLコレステロールと循環器疾患発症との関連について
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8393.html
(2025年5月15日閲覧)
※5 日本動脈硬化学会:脂質異常症診療のQ&A
https://www.j-athero.org/jp/publications/si_qanda/
(2025年5月15日閲覧)
※6 日本動脈硬化学会.動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.一般社団法人日本動脈硬化学会:東京,2022.
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-05-002
(2025年5月15日閲覧)
※7 厚生労働省:喫煙の健康影響に関する検討会編 喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000172687.pdf
(2025年5月15日閲覧)
※8 山岸良匡:健康日本21アクション支援システム~健康づくりサポートネット~生活習慣病などの情報 用語辞典メニュー 生活習慣病予防 糖尿病
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-05-002(2025年5月15日閲覧)
※9 厚生労働省:令和5年度「国民健康・栄養調査」の結果
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_45540.html
(2025年5月15日閲覧)
※10 平野公康・中村正和:健康日本21 アクション支援システム~健康づくりサポートネット~喫煙 e-ヘルスネット:喫煙 喫煙とNCD(生活習慣病) 喫煙と循環器疾患https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/tobacco/t-03-002
(2025年5月15日閲覧)
※11 山岸良匡:健康日本21アクション支援システム~健康づくりサポートネット~生活習慣病などの情報 用語辞典メニュー 生活習慣病予防 脂質異常症
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-05-004
(2025年5月15日閲覧)
※12 中村正和:健康日本21 アクション支援システム~健康づくりサポートネット~喫煙 喫煙とNCD(生活習慣病) 喫煙と糖尿病
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/tobacco/t-03-004
(2025年5月15日閲覧)
※13 厚生労働省:健康づくりのための身体活動基準・指針の改訂に関する検討会「健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023」
https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf
(2025年5月15日閲覧)

宮崎滋
(みやざき しげる)
公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。