食べる機能を維持するオーラル・フレイル予防とは

食べる機能を維持するオーラル・フレイル予防とは

フレイルは心身の機能が低下した状態をいいますが、放置するとさらに機能が低下し、要介護に進みますが、予防に取り組むことで健康や機能を取り戻すことができる状態です。食べる機能もフレイルを招く大きな要因になることがわかっています。食べる機能の低下をオーラル・フレイルといいますが、これはどのような状態なのか、オーラル・フレイルを防ぐことの重要性と予防対策について紹介します。
 

 

高齢者にとって大事な食事の意味

近年、高齢化が進むとともにフレイルという言葉を聞く機会が増えています。フレイルとは英語の「Frailty」が語源となっており、虚弱という意味があります。フレイルは、歩く機能の低下や疲労感、体重減少などが取り上げられることが多いものの、大きく分けると(1)身体的フレイル、(2)精神・心理的フレイル、(3)社会的フレイルの3つのフレイルが重なるように起こってドミノ倒しのように、心身の低下が進んでいくものです。

 

この3つのフレイルの進行に大きく関わっているもののひとつがオーラル・フレイルです。オーラル・フレイルとは、滑舌が悪くなったり、食べこぼしが増えたり、食事中にむせることが多くなったり、口のなかが乾燥したりといった口の機能低下をいいます。これらは単に年齢のせいと見過ごされがちですが、全身の機能低下や心の健康にも大きく関わっているのです。
 

食欲の低下が招く低栄養

食事のときにむせることが増えたり、固いものが食べにくくなったりすると、食事が楽しめなくなり、食べることへの意欲が低下してしまう人は少なくありません。高齢になると身体活動(運動や生活活動)量は減るものの、食事量がそれ以上に少なくなってしまうと低栄養状態に陥ります。

 

栄養状態が悪くなると体力もさらに低下して外出を避けるようになったり、気持ちも落ち込んでいくなど、負のスパイラルが起こってしまいます。年齢を重ねても食事をしっかりとって身体を動かすことが重要で、口の機能の低下は、この負のスパイラルの始まりのひとつであり、予防が重要となります。
 

口の機能低下による症状が進む前に

食事量が減って全身の機能が低下する前に、口の機能低下が起きているかどうかをチェックしてみましょう。

 

☑歯が20本以上ある

□固いものが食べにくく感じる

□味噌汁など、具と汁が一緒になっているものを食べるとむせやすい

□口の乾燥が気になる

□滑舌が悪くなったり、言葉がはっきり出ないことがある

このような症状がある場合には、オーラル・フレイルのリスクが高くなっています。自分だけでなく家族の口の機能もチェックしましょう。たとえば介護状態にはなくても、高齢者の両親が食事の際にむせやすくなっているという場合には歯科での相談を勧めるなど、機能低下を招く前に対策を始めることが大切です。
 

食事のコミュニケーション効果

食事には単に栄養の摂取だけでなく、さまざまな機能があります。たとえば、家族と同じ食卓を囲んで1日の出来事を話したり、楽しい時間を共有したりすることは家族間の関係を深めることにつながります。食卓を囲んで会話を楽しむことは口を動かす機会にもなり、口の機能の低下を防ぐのに役立ちます(表1)。


表1 食事の主な役割と機能

栄養を摂取する

人が生命を維持したり活動したりするために必要な栄養を摂取する

精神的機能

食事をすることによる充足感、満足感の向上、それに伴う精神的な安定

生活リズムの調整機能

1日3回の食事によって生活リズムを確立し、社会活動を円滑に行えるようになる

コミュニケーション機能

複数人で食事をとる際にコミュニケーションが充実する。相手との関係を深める、他者(家族や友人など)に食事をつくることで相手を大切に思う気持ちを伝えることができる

文化的機能

食に関する文化がその人の嗜好や価値観を生み出す。食に関する関心を深めて調べたり探求したりすることによるもの

 

できなくなることが増えていくと……

高齢になるにつれて機能が低下していくのは「年のせいだから仕方ない」と考えがちです。しかし、フレイルは予防に取り組むことで進行を緩やかにしたり、健康な状態に戻すことができます。

つまり、歩く機能や口の機能が徐々に低下してきたと感じていても、予防対策に取り組むことでその維持や改善が期待できるのです。
 

オーラル・フレイルを防ぐには

高齢になるとさまざまな健康問題が起こり、社会のつながりを維持することが当たり前のことではなくなっていきます。とくに高齢になると友人との食事に出かけたり、コミュニケーションを楽しんだりすることが社会とのつながりの大きなウェイトを占めるようになっていきます。

 

フレイルを予防するためには、負のスパイラルを食い止め、維持することが重要です。そのポイントは、栄養と身体活動、社会参加です。口の機能を維持することで食事がしっかりとれ、栄養がとれることで動く体力も維持でき、ボランディア活動や友人との趣味を楽しむといった社会参加も積極的にできるという良い循環を作り出すことができるのです。
 

オーラル・フレイルを防ぐために定期的な歯科検診を

歯周病やう歯で歯を失ったり、食事のときにむせやすくなると、それだけで人前で口を開いたり食事をしたりすることに不安を感じるものです。歯を維持し、口のなかの健康を守るためにも定期的に歯科検診を受診しましょう。歯科検診の受診は、歯の治療だけでなく、むせやすいなど、口の健康状態について気になることを歯科医や歯科衛生士に相談する場にもなります。

 

また、歯ぐきがやせてくるなどして義歯が合わなくなっているような場合もしっかりと食べることができなくなります。歯周病やう歯の治療だけでなく義歯の状態で気になることがあればすぐに歯科医に相談しましょう。
 

パタカラ体操

口や舌を鍛えてむせやすさや誤嚥を予防する体操に「パタカラ体操」があります(図1)。

筋肉を使うためにひとつひとつの動きを口まわりに力を入れてしっかり行うことを意識しましょう。「パ」「タ」「カ」「ラ」を1音ずつ発音したり、「パパパ……」と連続して行ったりすることで口や舌の筋肉が鍛えられます。食事前の準備体操として行うとよいでしょう。
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また、近年は口のなかの健康を守ることの重要性が周知されるようになり、地域でも介護予防の一環として口の機能を向上させるための教室やセミナーなども開催されています。正しい知識を身につけ、口のなかの健康を守りましょう。
 

ここがポイント!

・高齢になるとフレイルのリスクが高くなり、フレイルを進行させる要因となるもののひとつに口腔機能の低下(オーラル・フレイル)がある

・食べることには栄養を摂取すること以外にもコミュニケーションを円滑にしたり、精神的な安定につながったりするなどの効果がある

・フレイルは予防にとり組むことによって進行を緩やかにしたり健康な状態に戻すことが可能なものである

・口の機能の低下を防ぐためには定期的な歯科検診や治療、「パタカラ体操」など口を動かすことの習慣化が重要

 

<参考資料>

・厚生労働省:広報誌「厚生労働」健康長寿に向けて必要な取り組みとは?100歳まで元気、そのカギを握るのはフレイル予防だ

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou_kouhou/kouhou_shuppan/magazine/202111_00001.html

(2024年10月15日閲覧)

・渡邊裕:特集オーラルフレイル予防-食べる力は生きる力 オーラルフレイルの概念とフレイルとの関係.エイジングアンドヘルス,長寿科学振興財団,31(4):6-10,2023.

https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/pdf/Aging%26Health104_light.pdf

(2024年10月15日閲覧)

・日本歯科医師会:啓発活動 オーラルフレイル

https://www.jda.or.jp/enlightenment/oral/

(2024年10月15日閲覧)

・日本老年歯科医学会:学術委員会 オーラルフレイルを知っていますか?

https://www.gerodontology.jp/committee/002370.shtml

(2024年10月15日閲覧)

・日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会:オーラルフレイルに関する3学会合同ステートメント

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg/38/supplement/38_86/_pdf/-char/ja

(2024年10月15日閲覧)

宮崎滋(みやざき しげる)

宮崎滋
(みやざき しげる)

公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。