太るのは糖尿病と腰痛がある人の共通リスク
厚生労働省の「2022(令和4)年国民生活基礎調査の概況」によると、病気やけがなどによる自覚症状でもっとも多いのは男女ともに腰痛で、男性では91.6%、女性は111.9%(ともに人口千対・複数回答)にのぼります※1。腰痛の原因には、脊椎、神経、内臓、血管、心因性などがありますが※2、糖尿病の人は腰痛を抱えていることが多いという報告があります。その共通点と予防対策について紹介します。
運動不足が招く糖尿病と腰痛
糖尿病は、すい臓から分泌されるインスリンというホルモンが十分働かなくなり、血液中のブドウ糖濃度(血糖)が高い状態が続く病気です。血糖値を上げるホルモンはすい臓以外からも分泌されますが、血糖値を下げるホルモンはインスリンが唯一で、インスリンがうまく働かなくなる状況そのものを解消しなければ血糖値を下げることは難しいといえます。
インスリンが十分に働かなくなる原因としては、(1)インスリンを分泌するすい臓の細胞が壊れてインスリンがほとんど出なくなってしまうことによるもの(1型糖尿病)、(2)遺伝的にインスリンの分泌機能が低下していることに加え、生活習慣の乱れによってインスリンが効きにくくなることによるもの(2型糖尿病)などがあります。糖尿病の9割程度が2型糖尿病であり、食生活の見直しや運動習慣など、日ごろの生活習慣の改善が欠かせません。
運動不足が招く糖尿病と腰痛
糖尿病がある人の腰痛リスクについては、海外でいくつかの調査研究が報告されています。そのひとつに、オーストラリアのシドニー大学の研究では、糖尿病がある人は糖尿病でない人に比べて腰痛のリスクが35%上昇すること、また首痛のリスクも24%高いことという調査研究があります※3。このほかにもイランの研究では、317人の糖尿病患者さんのうち63.4%が腰痛の経験者であり、糖尿病ではない人の腰痛の割合(47%)よりも高いことが報告されています※4。
糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、全身の血管が傷ついてさまざまな合併症が出ます。動脈硬化はそのひとつで、血流が悪化する原因となります。また、糖尿病患者さんは炎症を起こしやすく、それが腰痛にもつながっている可能性があります。
また、2型糖尿病と腰痛に共通しているのが運動不足や肥満です。運動は血糖コントロールやインスリンの効きにくさの改善につながるだけでなく、脂質の代謝を促すことから、糖尿病の治療の柱のひとつとなっています。一方、肥満は腰痛が慢性化したり再発したりする要因のひとつでもあります。腰痛の改善には運動習慣をつけることが重要であり、運動を習慣化して肥満を改善することは、糖尿病がある人、腰痛がある人双方にとってその要因を取り除くことにつながります。
糖尿病と腰痛を予防するには「運動」が重要
食事の改善だけでなく、運動を取り入れることは肥満の解消につながり、糖尿病、腰痛のリスクを軽減することができます。肥満度の判定方法には体格指数(BMI:Body Mass Index)があります。肥満は脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態をいい、BMIが25以上のものをいいます。
BMI=【体重(kg)】÷【身長(m)2】 (例)体重70kg、身長170㎝の人のBMIは、60÷(1.7)2=24.2 ※標準よりも高いが肥満には至っていない。この段階で対策することが重要 |
BMIは、男女ともに標準が22となっており、これは糖尿病をはじめとする生活習慣病にもっともかかりにくい数値とされています。しかし、糖尿病がある場合はいきなり22を目指すのはハードルが高いと感じる人がいるかもしれません。その場合はまず25以下にすることを目標に生活習慣の改善を行いましょう。
食事の内容ととり方を見直す
腸から吸収された糖質は、食べすぎや運動不足などで消費されないと、インスリンの働きによって中性脂肪に変えられて脂肪細胞に蓄積されます。そのため、糖質のとりすぎは血糖値の上昇だけでなく肥満を招きます。
食事は満腹感を得られると食べすぎを減らすことができます。満腹感を得るためには食事開始からある程度の時間がかかるため、ゆっくりよく噛むことを心がけましょう。「食事を制限する」となるとストレスを強く感じることがありますが、ゆっくりよく噛んで食べてある程度の満腹感を得られれば、食事量を減らすこともストレスになりにくくなります。
総エネルギー量は炭水化物から40〜60%とること、そのうち食物繊維の多い食べ物の割合を増やすようにしましょう。食物繊維は食物の消化吸収をおだやかにして血糖値の急激な上昇を抑えることに役立ちます。
運動習慣をつける
運動習慣の目安は、週に150分かそれ以上、週に3回以上です。全身を使ってややきついと感じる程度の有酸素運動を継続することが重要です。また、週に2〜3回のレジスタンス運動を取り入れましょう。肥満の解消や血糖コントロールに有効です。
また、急性の腰痛で痛みが強いときには運動は避けたほうがよいものの、痛みが軽くなってきた段階から運動を取り入れるのが有効だといわれています。とくに慢性腰痛の人の運動は、腰の可動域を広げたり機能障害を改善したりするだけでなく、痛みの軽減にも役立ちます。有酸素運動を継続することで肥満が軽減されると腰痛のリスクも低下します。
腰が痛い人は筋トレだけでなくストレッチもとり入れて
糖尿病、腰痛に共通する肥満を解消する有酸素運動に加え、レジスタンス運動として腰痛に関係する筋肉を鍛えると痛みの軽減も期待でき、運動療法の効果も期待できます。腰痛に関連する筋肉に腹筋と背筋があります。腹筋、背筋を鍛える運動を10回1セット、1日2セット以上行うことを習慣化しましょう。
腹筋体操
仰向けに寝てあごを引き、上半身をゆっくり起こして45度の位置で約5秒キープしましょう。腹筋が弱いと起き上がった状態をキープするのが難しいため、最初は45度以下でも構いません。首や足に力が入らないように、腹筋を意識しながら行いましょう。呼吸は止めずに行うことが大切です。
背筋体操
うつぶせに寝てあごを引いて上半身を床から10cm程度上げて約5秒キープしましょう。やりにくいときにはおへその位置よりも下に枕を差し込みます。背筋が弱く、床から10cm上げることが難しい場合は、できるところまでで構いません。お尻に力を入れてすぼめるようにすることでお尻の筋肉も鍛えることができます。
ストレッチで柔軟性を高めよう
腰や背中、太ももの裏側が硬いと有酸素運動でもけがのリスクになり、レジスタンス運動でも筋肉痛が出やすくなります。筋肉を伸ばして柔軟性を上げるストレッチも行いましょう。
腰や背中の筋肉を伸ばすためには、仰向けに寝て左足の膝を両手で抱えて胸に引き寄せます。呼吸を深くゆっくりしながら10秒程度キープします。右足も同様に行います。続いて仰向けのまま、足を90度まで上げて膝の裏を両手で抱えて膝の曲げ伸ばした後、足を伸ばした状態で10秒キープします。太ももの裏が伸びていることを感じながら左右行いましょう。ストレッチは、左右10回1セットで1日2セット行います。
糖尿病があって腰痛に悩んでいる人は、食事の見直しだけでなく運動療法を効果的に取り入れて肥満を解消することが重要です。有酸素運動だけでなく自分の体重を使ったレジスタンス運動で腰や背中の筋肉を鍛えましょう。
ここがポイント!
・糖尿病は、生活習慣の乱れなどが原因となる2型糖尿病が約9割
・糖尿病や血流の悪化などがみられ、それが腰痛の原因のひとつとなっている可能性がある
・糖尿病と腰痛に共通しているのが運動不足と肥満
・肥満の解消には有酸素運動とレジスタンス運動の組み合わせが効果的
<参考資料>
※1 厚生労働省:2022(令和4)年国民生活基礎調査の概況 Ⅲ世帯員の健康状況 性別にみた有訴者率の上位5症状(複数回答)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/04.pdf
(2022年9月13日閲覧)
※2 日本整形外科学会・日本腰痛学会:腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版
https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00498/
(2022年9月13日閲覧)
※3 The University of Sydney:News&opinion news Study links diabetes and back pain
https://www.sydney.edu.au/news-opinion/news/2019/02/22/study-links-diabetes-and-back-pain.html
(2022年9月13日閲覧)
※4 Maghsoud Eivazi, Laleh Abadi: Low back pain in diabetes mellitus and importance of preventive approach. Health Promot Perspect, 1;2(1):80-8.2012.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24688921/
(2022年9月13日閲覧)
・e-ヘルスネット:肥満と健康
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-02-001.html
(2022年9月13日閲覧)
・e-ヘルスネット:糖尿病を改善するための運動
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-05-005.html
(2022年9月13日閲覧)
・厚生労働省:腰痛の人を対象にした運動プログラム
https://www.mhlw.go.jp/content/000656471.pdf
(2022年9月13日閲覧)
宮崎滋
(みやざき しげる)
公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。