糖尿病の三大合併症のひとつ「糖尿病網膜症」と脂質の関係
飽和脂肪酸のとり過ぎは脂質異常症のリスクになることはよく知られていますが、糖尿病も油のとり方が発症リスクを高めることがわかっています。また、最近の国内の研究で飽和脂肪酸を多く摂取している糖尿病の人は、糖尿病網膜症の合併リスクが高いことが明らかになっています。飽和脂肪酸とは何か、飽和脂肪酸のとり過ぎを防ぐ工夫などを紹介します。
n-6系多価不飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸
糖尿病は、食事から多くの糖質をとることで血液中のブドウ糖が増え、血糖値を下げるホルモン(インスリン)が不足したり、遺伝的な影響によってインスリンが分泌されなかったりすることが原因で発症します。インスリンの作用によって血液中のブドウ糖は脂肪組織や肝臓、筋肉に取り込まれますが、インスリンがうまくはたらかなくなることで、血液中のブドウ糖が処理されず、血糖値が高い状態が続いてしまいます。慢性的に血糖値が高くなると、全身の血管が傷つき、さまざまな合併症を引き起こします。
脂質は血糖値の上昇に関係するのか
血糖値が高くなるのは、「インスリンの効きが悪く、血液中のブドウ糖が組織に取り込まれにくい状態である」と聞くと、脂質である飽和脂肪酸との関連は少ないように感じるかもしれません。しかし、リノール酸やオレイン酸といった植物由来の脂肪酸(不飽和脂肪酸)を多く摂取している人では、摂取が少ない人に比べて糖代謝異常の割合が約50%低いという海外の疫学調査もあり、脂質の種類と糖尿病との関連については主に欧米でさまざまな研究が進められてきました。
日本人を対象に行った調査研究では、多価不飽和脂肪酸のなかでもとくにn-6系多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸の摂取量が多い人で糖代謝異常が少ないという報告があります。n-6系多価不飽和脂肪酸は海外での疫学研究でも糖代謝異常の人の割合が少なかったリノール酸がその代表で、一価不飽和脂肪酸の代表はオレイン酸です。つまり、日本人を対象にした調査研究でも海外での疫学研究と同様に、n-6系多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸の摂取量が多い人で糖代謝異常が少ないという結果でした※1。
放置すると糖尿病の発症に至る糖代謝異常を防ぐためには、糖質だけでなく脂質の“質”も重要だといえます。脂質の見直しは、糖尿病だけでなく、脂質異常症や肥満、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病の予防にもつながります。
糖尿病を悪化させる食べ物とは
糖尿病は、初期の段階では自覚症状はなく進行していきます。しかし、血糖値が高い状態が続くことで血管が傷つき、全身にさまざまな症状を引き起こすことがわかっています。
糖尿病合併症のなかでも糖尿病神経障害、糖尿病腎症、糖尿病網膜症は、3大合併症と呼ばれています。この3つは血管のなかでも細小血管の障害によって引き起こされるもので、糖尿病神経障害は運動障害や知覚障害、自律神経障害などを、糖尿病腎症は腎機能の低下を引き起こし、糖尿病網膜症は目の網膜に広がる毛細血管が障害されるものです。
糖尿病網膜症は失明の主な原因となるもので、糖尿病を発症してから数年から10年以上経過して発症することもあります。網膜の障害がかなり進んでから自覚症状が出ることも多く、進行してしまった状態では手術を受けても日常生活に必要な視力に戻すことができなくなってしまうケースも少なくありません。
糖尿病網膜症と脂質のとり方
糖尿病の人を対象に行った研究では、総脂肪、飽和脂肪酸の摂取量が多い人ほど糖尿病網膜症の有病率が高いことが報告されています。総脂肪の摂取が多い人の網膜症有病率はそうでない人に比べて約2.6倍、飽和脂肪酸の摂取が多い人はそうでない人に比べて約2.4倍にものぼります※2。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、総エネルギー摂取量のうち、脂質摂取量を20〜30%としています※3。また、そのうち飽和脂肪酸の摂取量は7%を上限としています※3。糖尿病の人が飽和脂肪酸の摂取量が多いとなぜ網膜症のリスクが高まるのかについてはまだ明らかとなっていません。しかし、すでに糖尿病と診断されている人にとっても脂質のとり方を変えることは、合併症のリスクを抑えるためにも重要であるといえるでしょう。
飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸に置き換えよう
飽和脂肪酸は肉やバターなどの動物性脂肪などに多く含まれています。また、飽和脂肪酸は体内でも合成されるため、糖尿病をはじめとする生活習慣病の人は控えたほうがよいでしょう。
調理に使用する油はできるだけリノール酸が含まれる大豆油やコーン油、サフラワー油などの植物油に切り替えましょう。また、オレイン酸はオリーブ油に多く含まれており、オリーブ油の脂肪酸の70~80%がオレイン酸といわれています。ただし、オリーブ油には飽和脂肪酸も10%程度含まれています。リノール酸もオレイン酸も、「健康によいから」と多くとり過ぎるのは禁物。あくまでも適量の使用にとどめることが重要です。
魚もしっかり食べよう
魚に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸は、多くとっている人とそうでない人に糖代謝異常の差はみられないものの、糖尿病があるとそのほかの生活習慣病を合併しやすくなります。牛や豚などの肉よりも魚を多くとることを心がけましょう。
日本人は欧米の人に比べて魚の摂取量が多かったものの、近年は食の欧米化が進んだことで魚の摂取量は若い年代ほど少ないことがわかっています(図1)。
図1 食品群別摂取量(魚介類)1歳以上総数 年齢階級別
魚には中性脂肪やコレステロール値を調整するはたらきのある不飽和脂肪酸が多く含まれており、とくにアジやイワシ、サバなどの青魚にはn-3系不飽和脂肪酸が多く含まれます。このn-3系不飽和脂肪酸は体内ではほとんどつくられない必須脂肪酸です。
脂質の選び方は、糖の代謝にも影響します。食事は私たちが生きていくうえで欠かせないものだからこそ、身体や健康に役立つものを選び、糖尿病の予防に努めましょう。また、すでに糖尿病と診断されている人にとっても脂質の選び方は重要です。医師や管理栄養士からの食事指導を守り、糖尿病の合併症を防ぐことが大切です。
ここがポイント!
・植物由来の脂肪酸(不飽和脂肪酸)を多く摂取している人は少ない人に比べて糖代謝異常の割合が低い
・不飽和脂肪酸のなかでもn-6系多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸の摂取が多い人に糖代謝異常が少ない
・糖尿病の人が飽和脂肪酸をとり過ぎると、糖尿病網膜症のリスクとなる
・飽和脂肪酸は肉やバター、乳製品などに含まれている
・調理にはできるだけn-6系多価不飽和脂肪酸のリノール酸などを使うことが望ましい
<引用・参考資料>
※1 国立国際医療研究センター臨床研究センター:脂質の種類と糖尿病
https://ccs.ncgm.go.jp/010/020/20160229160227.html
(2024年2月15日閲覧)
※2 国立がん研究センター予防研究グループ次世代多目的コホート研究JPHC NEXT:糖尿病を有する人における脂肪酸摂取量と糖尿病網膜症の関連について
https://epi.ncc.go.jp/jphcnext/result/individual.html?entry_id=105
(2024年2月15日閲覧)
※3 「日本人の食事摂取基準」策定委員会:日本人の食事摂取基準(2020年版)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
(2024年2月15日閲覧)
・e-ヘルスネット:生活習慣病予防 糖尿病神経障害
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-037.html
(2024年2月15日閲覧)
・e-ヘルスネット:生活習慣病予防 糖尿病性腎症
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-038.html
(2024年2月15日閲覧)
・e-ヘルスネット:生活習慣病予防 糖尿病網膜症
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-061.html
(2024年2月15日閲覧)
・日本眼科学会:病名から調べる 糖尿病網膜症
https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=49
(2024年2月15日閲覧)
・日本脂質栄養学会:オメガ3-食と健康に関する委員会 若い皆さんへ、もっと魚を
http://jsln.umin.jp/committee/omega42.html
(2024年2月15日閲覧)
・厚生労働省:令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf
(2024年2月15日閲覧)
・日本植物油協会:植物油の基礎知識 植物油と栄養 植物油に含まれる脂肪酸
https://www.oil.or.jp/kiso/eiyou/eiyou02_03.html
(2024年2月15日閲覧)
宮崎滋
(みやざき しげる)
公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。