喫煙によるがんリスクを抑える禁煙治療
2024.04.19

喫煙によるがんリスクを抑える禁煙治療

がんと喫煙の関係が深いことはよく知られています。がんになると検査や治療の費用がかかるだけでなく、治療が長引けば休職や転職などによる収入減などの経済的な負担も大きくなります。また、喫煙を続けていることでタバコ代もかかり続けます。経済的な負担を軽減するとともに、がんリスクを抑えることができる禁煙。その治療を受けたいときにはどうすればよいのでしょうか。がんと喫煙の関係、禁煙治療について紹介します。
 

 

喫煙者でリスクが高くなるがんの種類

がんにはさまざまな種類があり、なかには生活習慣の影響を大きく受けることで発症リスクが高まるものがあることがわかっています(図1)※1


図1 日本人におけるがん発生の要因別PAF
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【出典】国立がん研究センターがん対策研究所予防関連プロジェクト:科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究 日本におけるがんの原因

https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/2832.html


日本人のがんの発生要因で生活習慣にかかわるものに、喫煙(受動喫煙含む)、飲酒、過体重と肥満、運動不足、野菜不足、果物不足、塩分摂取があげられます。なかでも喫煙はほかの生活習慣と比べて非常に高い割合となっています。このデータでわかる通り、喫煙経験がなければ、がんの発症リスクを約20%抑えることができることになります。

 

また、健康被害においては受動喫煙も大きな問題となり、2018年の健康増進法の改正によって望まない受動喫煙を防止するための取り組みが進められてきました。実際に受動喫煙がなければ0.6%がんの発症リスクを抑えられることがわかっています。
 

喫煙によってリスクが高くなるがん

がんは種類によって発症リスクを高める要因が異なります。喫煙に関しては、喉頭・咽頭、肺、食道、胃、大腸(結腸、直腸)、肝臓、膵臓、喉頭、子宮頸部、卵巣、膀胱、腎臓、骨髄性白血病がリスク要因に関連づけられるものとしてあげられます。また、受動喫煙では非喫煙者の肺がんと関連づけられています。

禁煙対策が進むなかでの喫煙率の変化

この10年間で習慣的に喫煙をしている人の割合は減少傾向になっています(図2)※2。しかし、とくに男性で30歳代以降、女性で40歳代以降の喫煙率は高くなっています(図3)※2

図2 現在習慣的に喫煙している人の割合(20歳以上、年齢調整後)
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【出典】厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査結果の概要 4.飲酒・喫煙に関する状況 図40-2年齢調整した、現在習慣的に喫煙している者の割合の年次推移(20歳以上)(平成21~令和元年)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf




図3 現在習慣的に喫煙している人の割合(20歳以上、性・年齢階級別)
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【出典】厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査結果の概要 4.飲酒・喫煙に関する状況 図1現在習慣的に喫煙している者の割合(20歳以上、性・年齢階級別)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf

習慣的に喫煙をしている人は、若い世代からの継続が多いと考えられます。20歳代のうちに喫煙習慣をつけないことが重要です。

 

医療費の自己負担軽減だけではない禁煙のメリット

禁煙による健康改善効果はすぐに現れるものと長期的に現れるものがあります。

健康改善効果として最初にみられるのが血圧の安定と手足の温度上昇です。さらに血液中の酸素飽和度が上昇して心臓への負担も改善していきます。

 

禁煙をすることで味覚や嗅覚も改善していき、歩行も楽になるため、食事を薄味でしっかりと味わうことができるようになり、歩行が楽になることで運動習慣もつけやすくなるなどの相乗効果も期待できます。そのほか、顔色がよくなったり、胃の調子がよくなったり、目覚めがよくなるなど、生活の質(QOL)の向上が期待できます。

 

経済的なメリット

タバコは銘柄によって価格が異なりますが、増税に伴う値上げが続いており、一般的な紙巻きタバコは1箱550円前後となっています。1日1箱(20本)で計算すると、1か月にかかるタバコ代は16,500円、年間にすると198,000円となります。禁煙をするだけでこの費用は浮くことになり、これだけで経済的なメリットが大きいことがわかります。

 

これらが直接的なメリットであるとすれば、間接的なメリットは健康リスクの減少による医療費削減です。

 

がんにかかると診察費、検査費、入院費、治療費のほか、通院などにかかる交通費、差額ベッド代などがかかります。また、がん以外にも喫煙は動脈硬化を促進し、心筋梗塞などの循環器の病気のリスクも上がり、それが医療費の差をさらに生む可能性があります。

 

禁煙は、健康な身体を手に入れるだけでなく、生活を豊かなものにし、経済的な負担も軽減できるものです。
 

禁煙治療を受けよう

習慣的に喫煙している人のなかでもタバコをやめたいと思う人の割合は男性で24.6%、女性30.9%となっています※2。禁煙意思がある人にとって気になるのが禁煙治療ではないでしょうか。
 

禁煙治療とは?

12週間に5回の禁煙治療を受ける場合、健康保険が適用されます。禁煙=我慢と考えられていた時代もあり、個人の努力でやめられないのは“甘え”と考えられがちでした。なかには自分の意識だけでやめることができる人もいますが、長年の喫煙はこれまでの「習慣」ではなく「依存」状態にある病気とされています。治療を受けることで楽に禁煙ができる人も少なくありません。自分が禁煙治療(健康保険適用)の対象かどうかを確認しましょう(表1)※4

 

表1 禁煙治療(健康保険適用)の対象者※4

1. ニコチン依存症にかかるスクリーニングテスト(RDS)で5点以上、ニコチン依存症と診断された場合

2. 35歳以上、ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上

3. ただちに禁煙することを希望している

4. 「禁煙治療のための標準手順書」に沿った禁煙治療の説明を受け、治療に同意した人

スクリーニングテスト(TDS)は、禁煙する前の状態についての10の質問(自分が吸うつもりよりも、ずっと多くタバコを知ってしまうことがありましたか?など)に答えるだけの簡単なものです。医師よる詳しい説明を受けた後、表1の条件に当てはまる人が治療に同意した場合、禁煙治療が開始されます。
 

禁煙治療の実際

禁煙治療は初回の診療を含む全5回が1つのプログラムとなっています(図5)※4


図5 禁煙治療(健康保険適用)の流れ
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決められた期間で5回通院する必要はありますが、禁煙は治療を受けることで成功率が高くなります。また、2020年からは加熱式タバコの使用者でも健康保険による禁煙治療を受けられることになりました。

 

処方される薬によっても異なりますが、健康保険適用による禁煙治療の自己負担は約20,000円程度です。1日1箱タバコを吸っていた人であれば、約40日分のタバコ代に相当しますが、禁煙後はタバコ代は不要になります。また、自治体や健康保険組合のなかには禁煙治療を受ける人を対象に助成事業を行っている場合があります。助成金を使うことでさらに自己負担は少なくて済みます。詳しくは各自治体に問い合わせてみましょう。

オンライン受診も可能に

禁煙治療は決められた日に受診する必要があります。そのためオンライン診療も導入されています。1回目と5回目は対面で行い、2〜4回目はオンライン診療が基本ですが、新型コロナウイルス感染症への対応として、現在はかかりつけ医がある患者さんに限り、すべての診療をオンラインで行うことが認められています。
 

禁煙治療用アプリで治療継続

健康保険適用による禁煙治療は5回(3か月)で終了となります。しかし、その期間には禁煙ができても、継続ができない人もいます。そのため、医療機関での禁煙治療のひとつとして自宅での禁煙サポートを行うための「禁煙治療用アプリ及びCOチェッカー」が保険適用となっています。日記機能やアドバイス機能などがあり、医師の診察をサポートしてくれるだけでなく、タバコを吸いたくなったときの対処法を提案するなど、その人に合わせたアドバイスをしてくれるものです。アプリは外来治療が終わったあとにも使用することができ、禁煙成功率を高めることがわかっています。費用は約8,000円で、通常の禁煙治療に追加することができます。


禁煙治療を受けたい場合には近隣の禁煙外来を開設している医療機関に問い合わせしましょう。日本禁煙外来のホームページでも、禁煙に健康保険が使える医療機関を公表しています。

ここがポイント!

・喫煙は喉頭・咽頭がん、肺がん、食道がん、胃がん、大腸がんなど多くのがんのリスク要因として関連づけられている

・禁煙はがんリスクだけでなく循環器の病気のリスクを下げ、生活の質(QOL)の改善も期待できる

・禁煙によって年間約20万の節約ができる

・保険適用である禁煙治療は約3か月のプログラムで、オンライン診療も可能

・医療機関での禁煙治療後も禁煙治療アプリを使うことで継続率が向上する


 

<引用・参考資料>

※1 国立がん研究センターがん対策研究所予防関連プロジェクト:科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究 日本におけるがんの原因

https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/2832.html

(2024年3月15日閲覧)

※2 厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査結果の概要

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf

(2024年3月15日閲覧)

※3  e-ヘルスネット:喫煙 禁煙による健康改善  禁煙の効果

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-08-001.html

(2024年3月15日閲覧)

※4  e-ヘルスネット:喫煙 禁煙支援 禁煙治療ってどんなもの?

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-06-007.html

(2024年3月15日閲覧)

・国立がん研究センターがん対策研究所予防関連プロジェクト:科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究 喫煙と全がんリスク

https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/782.html

(2024年3月15日閲覧)

・厚生労働省健康局健康課:なくそう!望まない受動喫煙 マナーからルールへ

https://jyudokitsuen.mhlw.go.jp/

(2024年3月15日閲覧)

・国立がん研究センターがん情報サービス:制度やサービスを知る がんとお金

https://ganjoho.jp/public/institution/backup/index.html

(2024年3月15日閲覧)

・日本循環器学会・日本肺癌学会・日本癌学会・日本呼吸器学会:禁煙治療のための標準手順書第8.1版

https://www.cancer.or.jp/uploads/files/about/manual_smoke_08.1.pdf

(2024年3月15日閲覧)

・e-ヘルスネット:喫煙 禁煙支援 禁煙治療用アプリってどんなもの?

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-06-010.html

(2024年3月15日閲覧)

 

宮崎滋(みやざき しげる)

宮崎滋
(みやざき しげる)

公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。