生理の異常や更年期障害と間違えやすい甲状腺の病気の症状
甲状腺の病気は、症状が多彩で、その発症年齢も幅が広いのが特徴です。なかでもバセドウ病は20~30歳代で発症する人が多いものの、甲状腺の病気特有の症状がないため、不調を感じながらも気づかない人もいます。甲状腺の働きや女性に多い甲状腺の病気のサインと治療について紹介します。
甲状腺ってどこにあるの?
甲状腺は、のどぼとけから指2本分くらい下にあり、左右に蝶が羽を広げたような形をしています。やわらかい臓器で、気管を抱えるように張りついています。
普段は皮膚表面から触れて確認できないことが多いものの、甲状腺の病気で腫れやしこりができると表面からも触れることがあります。首の腫れの異常で医療機関を受診した場合や健康診断で甲状腺の病気が見つかる人が多いといわれています。
甲状腺ホルモンとは?
甲状腺はヨウ素を原料として甲状腺ホルモンをつくります。甲状腺ホルモンは血液によって全身に運ばれ、体内でのタンパク質や炭水化物、脂肪、ビタミンなどの栄養素の利用、代謝を高めます。また、身体の発育や知能、精神の発達をうながしたり、熱を生み出したり、自律神経である交感神経の働きを活発にするなど、健やかな身体を維持するために欠かせないものです。甲状腺が正常に働いているときはほとんど自覚されない臓器です。
甲状腺ホルモンは、脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)の刺激で産生され、甲状腺から分泌されます。甲状腺ホルモンが大量に分泌され、血中濃度が高まると下垂体のTSHの分泌が減少し、甲状腺ホルモン値は低下します。逆に甲状腺ホルモンが減りすぎると、下垂体はTSHを増加させ、甲状腺ホルモン値を上昇させます。
このように下垂体と甲状腺はお互いに影響し合い、血液中の甲状腺ホルモン値を正常範囲内に保ち、代謝や臓器の活動、神経の働きなど、身体の恒常性(環境や身体の内部の変化にかかわらず身体の状態一定に保とうとする働き)を維持します(図1)。
図1 甲状腺ホルモン
20~30代の女性に多い甲状腺の代表的な病気「バセドウ病」
甲状腺ホルモンは全身の状態に影響を及ぼすことから、その分泌異常が起こることで、身体にはさまざまな症状が出ます。しかし、突然症状が出ることは少なく、徐々に症状が出てくるため、「何となく疲れがとれない」「だるい」といったことがあっても最初のうちは「少し体調が悪いだけ」と見過ごしてしまう人も少なくありません。
甲状腺の病気は女性に多いのが特徴で、代表的な病気である甲状腺機能亢進症のバセドウ病は20~30代の若い女性、甲状腺機能低下症の橋本病は中高年の女性に多いといわれています。
また、甲状腺には良性腫瘍、悪性の腫瘍ができることもあります。バセドウ病や橋本病では甲状腺全体の腫れがみられるのに対し、腫瘍の場合にはしこりができます。
全身に症状がみられるからこそわかりにくい
甲状腺ホルモンの分泌が過剰になるか低下するかによって症状の出方は異なりますが、ほかの病気との違いがわからないことが少なくありません。
甲状腺の働きが活発になってホルモンの分泌が過剰になると、常に運動しているのと同じような状態になり、安静時にも胸がドキドキして脈が速くなったり、興奮して落ち着きがなくなったりといった症状がみられます。また、イライラしたり、指先が震えたり、汗をたくさんかいて水をたくさん飲んだり、しっかり食べていてもやせてくるなどの症状がみられるのも特徴です。女性の場合、生理に伴ってさまざまな不定愁訴がみられることがあり、イライラしたり、脈が速くなったり、疲れやすかったりしても「生理前かな」「女性ホルモンの影響かもしれない」などと見過ごしてしまうことがあります。
一方、甲状腺ホルモンの分泌が低下すると、だるさやむくみ、冷え、便秘などの症状がみられます。これも女性の不定愁訴としてみられることが多い症状であり、とくに中高年の場合には更年期症状と似ていることから、「年齢のせい」と考えてしまう人もいます。
甲状腺ホルモンによる病気は何科で治療するの?
甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる病気の代表的がバセドウ病です。バセドウ病は、甲状腺を刺激する体内に自己抗体ができてしまい、常時甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンが過剰に分泌される自己免疫疾患のひとつです(図2)。
図2 甲状腺ホルモンの分泌が過剰になると出やすい症状
反対に甲状腺ホルモンが出にくくなる病気の代表的なものに橋本病があげられます。橋本病もバセドウ病と同様に自己免疫疾患のひとつですが、橋本病の場合には甲状腺の細胞を攻撃する自己抗体により慢性的な炎症が生じ、進行すると甲状腺刺激ホルモン(TSH)が甲状腺を刺激してもホルモンがつくられにくくなってしまう病気です(図3)。
図3甲状腺ホルモンの減少によって出やすくなる症状
甲状腺の病気は症状の出方に個人差があります。なかなか疲れがとれない、心臓がドキドキしたり、興奮したり、イライラしやすくなった、だるい、冷える、気分が落ち込むといった症状がみられた場合には、一度かかりつけ医を受診しましょう。女性ホルモンのバランスが乱れていることによる症状の可能性も否定できませんし、甲状腺の病気の可能性がある場合も血液検査で調べることができます。
また、定期的にかかりつけ医の受診の機会がない人の場合、健康診断や人間ドックでの血液検査で指摘されることがあります。
健康診断などで甲状腺の病気の可能性を指摘されたら内科、可能なら内分泌科を受診しましょう。
妊娠や出産への影響は……?
バセドウ病には薬による治療、放射線による治療、手術などの方法があり、橋本病は甲状腺機能を見ながらホルモン剤を服用する方法があります。治療では、甲状腺ホルモンを必要適正量に保つことが目標となります。
女性の場合、治療による妊娠・出産への影響も不安材料のひとつになります。しかし、バセドウ病も橋本病も治療で甲状腺機能が正常範囲であれば妊娠・出産には問題ないとされています。また、薬による胎児への影響も、甲状腺の病気がない人と差がないといわれています。
しかし、母体や胎児の安全を最優先するためには、妊娠・出産時に甲状腺機能が維持できていることが重要で、妊娠・出産は計画的に進める必要があります。そのタイミングを検討するためにも、早期に受診して治療を開始し、症状コントロールをはかるとともに、計画的に妊娠・出産を進めていくことが大切です。
ここがポイント!
- ・甲状腺の病気は、首の腫れや健康診断で発見されることが多い
- ・甲状腺ホルモンは全身に影響するため、汗っかきになったり息切れがしたり、だるさや疲れを感じたりと、症状が多彩である
- ・生理前や更年期障害による不正愁訴との違いがわかりにくく、症状があっても「仕方ない」とあきらめてしまうことも
- ・甲状腺の病気があり、妊娠や出産を考えている人は、医師とそのタイミングについて相談することが重要
参考資料
・野口仁志・内野眞也:あんしん手帖 早く元気になるために甲状腺の病気.主婦の友社,2021.
・伊藤公一:よくわかる最新医学 甲状腺の病気 バセドウ病・橋本病・甲状腺腫瘍ほか.主婦の友社,2017.
・伊藤公一監:健康ライブラリーイラスト版 新版甲状腺の病気の治し方.講談社,2018.
・厚生労働省 母性健康管理等推進支援事業 働く女性の心とからだの応援サイト
https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/(2023年10月13日閲覧)
・日本臨床検査医学会:臨床検査のガイドライン JSLM2018 甲状腺機能亢進症・低下症
http://www.jslm.info/GL2018/pdf/GL2018.pdf(2023年10月13日閲覧)
・日本甲状腺学会:これから妊娠されるバセドウ病の患者さんへ
https://www.japanthyroid.jp/public/information/info02.html(2023年10月13日閲覧)
宮崎滋
(みやざき しげる)
公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。