細菌・ウイルス感染が原因のがんを防ぐためには
2022.11.25

細菌・ウイルス感染が原因のがんを防ぐためには

1981年以降、日本人の死因第1位となっているがん※1。厚生労働省の「令和2年(2020)人口動態統計(確定数)」によると、全死因の27.6%を占めており、第2位の心疾患(高血圧症を除く)の15.0%と比較してもその割合の高さは抜きん出ています※2。がんの発生にはさまざまな要因がありますが、なかでも感染は、がんの発生に大きく影響していることがわかっています※3

ヘリコバクター・ピロリ菌が主な原因となる胃がん

がんの発生は、男性で約18.1%、女性で約14.7%が感染によるものといわれています※3。感染が原因のがんには、細菌のヘリコバクター・ピロリ菌、ウイルスが原因となるものにB型・C型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス(HPV)などがあげられます。


細菌であるヘリコバクター・ピロリ菌は、胃や小腸の粘膜に棲みつき、炎症や潰瘍を引き起こします。ヘリコバクター・ピロリ菌は、胃がんの最も大きな原因であることがわかっており、陽性者はそのリスクが5.1倍にのぼるといわれています※4。陰性の人に比べて約とくに慢性的な胃炎が続くことで胃の粘膜が萎縮する萎縮性胃炎が進むと胃がん発症のリスクが高まります。


ヘリコバクター・ピロリ菌の感染原因は、まだはっきりとわかっていないものの、衛生環境の悪い国での感染率が高く、低学歴や低収入の住民で感染率が高いことがわかっています。国内では1950年代以降に出生した人の感染率は低く、40年代以前の人で感染率が高いことから、経済成長に伴い、衛生環境の整備が進んだことで感染率が低下したと考えられています。


また、ヘリコバクター・ピロリ菌への感染はほぼ6歳以内の幼少期で、家族いずれかからの経口感染(家庭内感染)が80%以上を占めると考えられています※5。衛生環境の整備や、幼少期の家庭内における細菌感染のリスクが周知され始めたことで、保護者が口のなかでかみ砕いた食事を与えなくなったことが、国内における若い世代の感染者減少につながっているのではないかといわれています。

ウイルス感染が原因の肝臓がん、子宮頸がん

ウイルス感染が原因のがんには、肝臓がん、子宮頸がん、悪性リンパ腫、鼻咽頭がん、成人T細胞白血病リンパ腫などがあります。肝臓がんは、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)がかかわることがわかっており、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)は、陰茎がん、外陰部がん、膣がん、肛門がん、口腔がん、中咽頭がんの発症にも関与しているといわれています※3

肝炎ウイルス

B型・C型肝炎ウイルスは、肝臓がんの主な要因として知られており、肝炎ウイルスによって肝臓が長い間炎症を起こした状態にあるときに遺伝子の突然変異が生じることでがんが発生すると考えられています。肝臓の炎症が慢性的に起こると、肝炎から肝硬変に移行し、肝臓がんの発症リスクが高くなります。B型・C型肝炎ウイルスは主に体液を介して感染するもので、母子感染を起こすこともわかっています※6。以前は臓器移植や予防接種での注射器の使い回し、輸血などによって感染するケースも多く、医療従事者の場合、感染者に使用した注射針を誤って自分に刺してしまう針刺し事故が原因となることもあります。

ヒトパピローマウイルス

子宮頸がんは、20~40歳以上の若い女性に多いがんで、子宮頸がんによって亡くなる人は増加傾向にあります※7。ヒトパピローマウイルスは、皮膚や粘膜が接するときに感染するウイルスで、性的接触による感染が多いのが特徴です。感染してもウイルスが自然に消えることが多いものの、一部では子宮頸がんを発症し、子宮頸がん患者さんの95%以上はこのウイルスが原因であることがわかっています。


ヒトパピローマウイルスといっても、その種類は200種類以上にのぼり、このうちがんの原因になるハイリスクHPVは15種類程度あることがわかっています。なお、がんの原因にはならないとされているローリスクHPVでも、尖圭コンジローマ(良性のイボ)の原因になるものがあります。


ヒトパピローマウイルスは皮膚や粘膜が接するときに感染するウイルスで、性的接触による感染が多いことがわかっています。細胞に入り込んだウイルスの遺伝子が細胞を変化させることでウイルスがさらに増殖していきます。数年から数十年かけてウイルスに感染した細胞が変化し、がん化してしまいます。


また、ヘルペスウイルスのひとつであるエプスタインバーウイルスは、多くの人が乳幼児に感染するもので、無症状のままで経過する人が多いものの、一部の悪性リンパ腫や上咽頭がんの発症に関連しているといわれています※8


ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、母子感染や性感染、輸血などによって感染するウイルスで、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)などの原因になることがわかっています。ヒトT細胞白血病ウイルス1型に感染した人が成人T細胞白血病・リンパ腫を発症する確率は約5%とされています。

ワクチンによる予防や早期治療でがんリスク軽減

がんの原因となる細菌やウイルスに対しては、予防可能なものもあります。

ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌療法

胃がんの原因となるヘリコバクター・ピロリ菌に対しては、胃酸を抑える薬と抗生物質2剤を組み合わせた除菌療法が確立されています。1週間薬を服用することで除菌が可能で、最初の組み合わせで除菌ができなかった場合は、別の3剤を使って再度除菌を行います。


一度でもヘリコバクター・ピロリ菌に感染すると、除菌を行ったとしても、感染したことがない人に比べてがんのリスクは高くなります。しかし、除菌によって胃がんのリスクは低下することもわかっています。


〇胃の萎縮が進むと……

ヘリコバクター・ピロリ菌が陽性の人は、胃炎などを起こしやすく、胃の萎縮が進行してしまうことがあります。しかし、胃の萎縮がかなり進行してしまうと、ヘリコバクター・ピロリ菌が棲み続けられなくなってしまい、検査をしても陰性になることがあります。ピロリ菌も棲めないほどの環境ですから、胃がん発症リスクはかなり高くなります。特に胃がんは早期発見することで5年生存率が高いがんのひとつです。胃の萎縮が起きている場合、胃がんリスクはさらに高くなってしまうため、定期的に検査を行うとともに早期発見に努めましょう。

肝炎ウイルス治療の進歩

ウイルス性肝炎に対しては、抗ウイルス薬による治療が有効であり、積極的に治療を行うことが望ましいとされています※10。とくに肝臓がん発症のリスクが高いとされているのが、高齢者、線維化進行例、男性です。線維化進行例とは、肝臓が炎症によって傷ついた後、それを修復する過程で残った傷あとのようなもので、肝硬変から肝臓がんに進行するリスクが高くなります。


肝炎ウイルスに対する治療は、副作用が強いことや効果が期待される人が限定されるなどの課題がありました。しかし、現在では治療の選択肢が増え、効果が高く、副作用が少ない治療法が開発されています。早期に治療を受けることで肝臓がんのリスクを低減させることが可能になりました。

HPVはワクチン接種を

HPVは、性的接触のある女性であれば50%以上が生涯一度は感染するといわれるほど広がっています※11。将来の子宮頸がんを防ぐためには、HPVへの感染を防ぐことが重要であり、国内では小学校6年生から高校1年生相当の女性に対してワクチン接種を行っています。


海外では子宮頸がんのワクチン接種が進んでいるものの、国内の接種率(3回目まで)は1.9%にとどまっています。子宮頸がんワクチンでは、16型と18型と呼ばれるハイリスクHPVの予防効果があり、子宮頸がんの原因の50~70%を防ぐといわれています※11


ただし、ワクチンには接種後の副反応が出ることもあります。医師に相談し、納得したうえで受けるようにしましょう。

ここがポイント!

  • 感染はがんの発生に大きく影響している
  • 細菌感染では、胃がんのヘリコバクター・ピロリ菌ががんの原因となる
  • 肝炎や子宮頸がんなど、いくつかのがんでウイルス感染が原因となることがわかっている
  • がん発症リスクとなる感染性の病気やウイルス感染そのものを治療や予防接種で防ぐことががん予防につながる

引用・参考資料


※1 厚生労働省:政策レポート がん対策について

https://www.mhlw.go.jp/seisaku/24.html(2022年10月14日閲覧)

 

※2 厚生労働省:令和2年(2020)人口動態統計(確定数)統計表 第6表 性別にみた死因順位(第10位まで)別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei20/dl/10_h6.pdf(2022年10月14日閲覧)

 

※3 がん情報サービス:がんの発生要因と予防 がんの発生要因

https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/factor.html(2022年10月14日閲覧)

 

※4 国立がん研究センターがん対策研究所:予防関連プロジェクト多目的コホート研究(JPHC Study)「ヘリコバクター・ピロリ菌感染と胃がん罹患との関係:CagAおよびペプシノーゲンとの組み合わせによるリスク」.Cancer Epidemiology, Biomarkers and Prevention, 15:1341-1347,2006.

https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/287.html(2022年10月14日閲覧)

 

※5 加藤元嗣ほか:Helicobacter pylori感染の疫学.日本内科学会誌,106:10~15,2007.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/1/106_10/_pdf(2022年10月14日閲覧)

 

※6 日本小児栄養消化器肝臓学会:C型肝炎母子感染小児の診療ガイドライン

https://www.jspghan.org/guide/doc/chv_guideline_20210127.pdf(2022年10月14日閲覧)

 

※7 日本産科婦人科学会:子宮頸がん予防についての正しい理解のために Part1子宮頸がんとHPVワクチンに関する最新の知識

https://www.jsog.or.jp/uploads/files/jsogpolicy/HPV_Part1_4.pdf(2022年10月14日閲覧)

 

※8 がん情報サービス:用語集 EBウイルス

https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/modal/EBvirus.html(2022年10月14日閲覧)

 

※9 がん情報サービス:用語集 HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)

https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/modal/HTLV-1.html(2022年10月14日閲覧)

 

※10 日本肝臓学会肝炎診療ガイドライン作成委員会:C型肝炎治療ガイドライン(第8.1版)

https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/C_v8.1.pdf(2022年10月14日閲覧)

 

※11 厚生労働省:HPVワクチンについて知ってください 子宮頸がん予防の最前線

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou_kouhou/kouhou_shuppan/magazine/202205_00001.html(2022年10月14日閲覧)

宮崎滋(みやざき しげる)

宮崎滋
(みやざき しげる)

公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。