正しい歯みがき習慣が生活習慣病を防ぐ
──歯周病は万病の元
「歯をみがかないと虫歯になる」「歯周病になると早く歯が抜けてしまう」という警告は、多くの人が理解しているでしょう。しかし、口のなかを健康に保つ理由は、長く自分の歯を維持するためだけではありません。「歯をみがかないと生活習慣病になる」「歯周病を放置すると早産になる」「歯を失うと寿命が短くなる」など、歯の健康は、生命に大きく影響するのです。
歯の病気と生活習慣病には深い関係がある
歯周病とは、歯と歯ぐきの境目の溝(歯周ポケット)の掃除が行き届かなかった結果、溝のなかに多くの細菌が入り込み、歯ぐきが炎症を起こして赤くなったり腫れたりする状態です。
歯ぐきに炎症が起きた状態(歯肉炎)の段階では痛みがなく、気づかない人も少なくありませんが、歯周病が進行すると、歯を支える骨が溶けて歯が抜けてしまいます。
厚生労働省の「患者調査」(2017年)によると、歯肉炎や歯周疾患の患者数は、約398万3,000人で、患者数は増加しており、年齢層は低下しています※1。また、「歯科疾患実態調査」(2016年)では、30代以上の3人に2人に歯周病の徴候がみられ、年齢が上がるにつれて、症状が進んだ人の割合が増えていきます※2。歯周病が進行して歯が抜けてしまうと、食事への意欲がなくなったり、外見を気にして外出を控えたりするようになり、QOL(生活の質)の低下につながります。
さらに、近年の研究で歯周病は歯の健康寿命を短くするだけなく、生活習慣病とのかかわりが深く、全身にさまざまな悪影響を及ぼすことがわかっています。その原因は、歯周病の原因となる細菌が出す物質が口のなかだけでなく、血液中に入ったり、飲み込んだ唾液に乗ったりして全身に巡らされることによるものといわれています。
糖尿病 | 歯周病があると、血糖値を下げるホルモン(インスリン)の働きが弱まって糖尿病を発症したり、悪化しやすくなったりする |
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動脈硬化 | 歯周病の原因菌や炎症物質などが血管に運ばれて全身を巡ると、血管壁に慢性的な炎症が起こり、血管が詰まったり狭くなったりする |
心疾患 | 歯周病の原因菌が心臓の内部で増殖すると、感染性心内膜炎を起こして心臓弁膜を破壊する。また、動脈硬化が進行して狭心症や心筋梗塞を引き起こす |
誤嚥性肺炎 | 歯周病の原因菌が口から気管を通って肺に入り、誤嚥性肺炎を引き起こす |
アルツハイマー病 | 歯周病の原因菌が脳内にアルツハイマー病の原因とされるアミロイドβの産生を誘発し、認知症を悪化させる可能性が疑われるという報告がある |
早産・低体重児 | 炎症が全身に広がるため、歯周病のある妊婦では、早産・低体重児の出産は2.83倍、早産では2.27倍になる※3 |
食物を噛む回数が減ると要介護のリスクも上昇
歯周病が進行して歯を失うと、食事量が減るだけでなく、固形物を噛みにくくなり、栄養不足や体力低下を招きます。口臭も強くなって人と話すのをためらうようになり、ストレスがたまったり、生きがいが失われたりして、うつ状態に陥る人もいます。また、咀嚼する回数が減ることで脳への刺激が少なくなり、認知症を進行させることも知られています。高齢者の場合、要介護になることも少なくありません。
また、残っている歯が多い人は、健康寿命が延び、要介護期間が短いという研究もあります※4。歯を健康に保つことは、最期まで活動的で生き生きとした人生を楽しむことにもつながるのです。
歯周病を予防するためのポイント
歯周病は、正しいセルフケアによって予防ができる病気です。そのためには、歯科医や歯科衛生士の指導に従って正しい歯みがきを継続することが重要となります。
毎食後、時間をかけてしっかり歯みがきを行うことが理想ですが、忙しくて時間がとれない人でも、1日1回は必ず10分以上時間をかけて歯みがきをする、定期的にデンタルチェックを受けることを習慣にしましょう。時間をかけて行う歯みがきは就寝前がおすすめです。また、起床後は食事の前に歯みがきかうがいをして就寝中に口のなかで増殖した細菌を洗い流してから食事をとるようにします。
歯みがきのときは、デンタルフロス、糸ようじ、歯間ブラシ、ワンタフト(細い歯ブラシ)などを併用して、歯の間の汚れや歯と歯ぐきの境目などを掃除することも大切です。
ここがポイント
- ・歯周病は歯と歯ぐきのすき間にたまった細菌が原因
- ・歯周病の菌は全身に入り込み、さまざまな生活習慣病の発症に関与している
- ・歯周病で歯を失うことは、認知症や要介護の原因にもなる
- ・忙しいときでも1日1回は10分以上の歯みがきをしよう
- ・寝る前や起床直後の歯みがき、うがいで口のなかをきれいにする事が大事
引用・参考資料
※1 厚生労働省:平成29年(2017)患者調査の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/dl/kanja.pdf
※2 厚生労働省:平成28年歯科疾患実態調査結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/62-28-02.pdf
※3 日本臨床歯周病学会広報委員会リーフレット「歯周病と妊娠」
https://www.jacp.net/pdf/leaflet/leaflet_04_2.pdf
※4 東北大学大学院歯学研究科:プレスリリース「自分の歯が多く保たれている高齢者は健康寿命長く、要介護日数短い」
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20170628_01web.pdf
日本臨床歯周病学会:歯周病が全身に及ぼす影響
https://www.jacp.net/perio/effect/
柿本和俊ら著:図解でよくわかる 歯のきほん.誠文堂新光社,2020.
江上一郎著:すべての不調は口から始まる.集英社,2020.
宮崎滋
(みやざき しげる)
公益財団法人結核予防会総合健診推進センター所長
https://www.ichiken.org/
東京医科歯科大学卒業後、都立墨東病院、東京逓信病院等勤務を経て、2004年に東京医科歯科大学臨床教授に就任。以降、東京逓信病院副院長、新山手病院生活習慣病センター長を歴任し、2015年より現職。日本医学会評議員をはじめ、日本内科学会、日本肥満学会(名誉会員)、日本糖尿病学会(功労評議員)、日本生活習慣病予防協会(理事長)、日本肥満症予防協会(副理事長)などを務めている。