新型コロナ感染予防の可能性も期待される
上咽頭の炎症を抑える「鼻うがい」
もしもの時のための保険を備えませんか?
2020年から世界中で新型コロナウイルス感染症の流行が続いています。国内でも“新しい生活様式”による適切な感染予防対策が講じられていますが、目に見えないウイルスの脅威から身を守ることへの不安は尽きません。そんななかで話題となっているのが鼻うがいの効用です。現在、「鼻うがいが新型コロナウイルス感染予防に有効である」という科学的根拠(エビデンス)はありませんが、「鼻咽頭を洗浄することで付着したウイルスを洗い流すことができる可能性があるのではないか」と期待されています。
花粉や微生物をすっきり洗い流す「鼻うがい」の効果
新型コロナウイルス感染症は、SARS-CoV-2というウイルスが原因で発症する感染症です。感染が成立するのは、次の3つの要素が揃ったときです。
〇感染が成立する3つの要素※1
- ①病原体(ウイルスを含んだ咳やくしゃみなどの感染源)
- ②感染源が人の身体に入り込む経路(感染経路)
- ③病原体が入り込んで定着、増殖して寄生する宿主(人)
感染経路は病原体(病原細菌や病原ウイルス)によって異なります。新型コロナウイルスは、飛沫感染、接触感染、エアロゾル感染が感染経路といわれています※2。
この3つの要素を成立させないことが感染の予防になります。①は、「病原体自体をなくせばよい」ということになりますが、目に見えないウイルスを消滅させるのは非常に困難です。そのため、感染者のウイルスの感染力が失われるまで医療機関や療養施設、自宅に隔離する対策がとられています。病原体にもさまざまなものがありますが、ウイルスは人の細胞に寄生しなければ増殖することはできません。感染力を失えば、人に感染させるリスクはなくなります。
②は、三密の回避やマスクの着用、手洗い、消毒によるウイルスの付着防止がポイントです。身体のなかに入り込む隙を与えないことが重要となります。
③の感受性宿主とは、“ウイルスの感染が成立しやすい人”が該当します。人はウイルスが身体のなかに入り込んでも、免疫機能によって防御したり攻撃したりして感染を防ぐ能力が生まれつき備わっています。また、過去に侵入してきたウイルスを覚えていて、速やかに攻撃する獲得免疫と呼ばれる能力があります。このいずれかの免疫機能が働くことで、ウイルスが身体に侵入しても排除されて感染はしないのです。この獲得免疫のしくみを利用したのがワクチンによる感染予防です。
鼻うがいで風邪の症状が軽くなる?
鼻うがいは、花粉症によるアレルギー性鼻炎などの改善に役立つとされており、その効用については、海外から従来の風邪の症状を軽くする効果があるなどの報告もあります※3。
新型コロナウイルス感染症に対しては、まだ科学的根拠(エビデンス)がある予防法ではありませんが、海外では新型コロナウイルス感染症の予防に鼻うがいが役立つ可能性※3、4や、新型コロナウイルスに発症早期から鼻うがいを行うことで重症化を予防し、入院や死亡を減少させる可能性についての研究も進められており※5、今後の研究が待たれます。
医師や歯科医師による研究会「日本病巣疾患研究会」では、ウイルスが増殖する部位である鼻咽腔を洗い流す「みんなで鼻うがいプロジェクト」を展開し、その普及を図っています。
〇日本病巣疾患研究会「みんなで鼻うがいプロジェクト」
https://jfir.jp/hanaugai-fund/
やり方は簡単!鼻うがい実践のすすめ
花粉症に悩む人のなかにはすでに症状緩和のために鼻うがいを習慣化している人もいるのではないでしょうか。「鼻のなかに水が入ると痛いのではないか……」と不安を感じる人もいるかもしれませんが、鼻水が流れてくるときに痛みを感じる人はほとんどいないでしょう。つまり、鼻うがいに使う水を人の体液の同じ浸透圧にして正しいやり方を身につければ、痛みはほとんどありません。
鼻うがいのやり方※6
〇塩分濃度0.9%の生理食塩水のつくり方
水道水1L、塩9g、重曹0.5g
- ①清潔なボトルに塩9g、重曹5gを入れる
- ②一度沸騰させた水道水1Lを入れる
- ③塩と重曹が溶けたら人肌くらいの温度にまで冷ます
*重曹を加えることで使用感がよくなりますが、必須ではありません。
〇鼻うがいのやり方※7
- ①顔は正面に向いて生理食塩水の入ったボトルの先を片側の鼻の穴に軽く押し当てる
- ②「エー」「アー」など、小さく声を出しながら、生理食塩水を鼻のなかに入れる。このとき、生理食塩水を強く押し出しすぎないようにする
- ③反対の鼻の穴から生理食塩水が出てくる角度を見つけながら100mL程度流し入れる
- ④反対の鼻からも同様に生理食塩水を流し入れて反対の鼻から出す
- ⑤鼻うがい時に出た鼻水はやさしくティッシュペーパーでぬぐう。強くかまないように注意する
- ⑥使用したボトルを洗って十分乾燥させる
声を出しながら行うのは、気管のなかに生理食塩水が流れて誤嚥するのを防ぐためで、慣れてきたら声を出さなくてもうまくできるようになります。1回の鼻うがいで200~250mLの生理食塩水を使うため、今回紹介した分量で生理食塩水をつくる場合、4人家族で1日1回分となります。
生理食塩水はつくり置きせず、毎日使用する分だけつくりましょう。市販の鼻うがい用液を使う方法もあります。
〇濃度の高い食塩水での鼻うがいに関する報告も
一般的な0.9%の生理食塩水より濃度が高い食塩水(1.8から2%)での鼻うがいの予防効果についても研究が進められています。高い濃度の食塩水で鼻うがいをすると、食塩のなかのナトリウムが鼻や上咽頭粘膜の細胞内に取り込まれ、それを排泄するために粘膜の細胞がエネルギーを消費します。新型コロナウイルスは増殖するときに人の鼻粘膜や上咽頭粘膜の細胞内のエネルギーを利用しますが、鼻うがいを行うことで細胞内のエネルギーが枯渇した状態になるため、細胞内でのウイルスの増殖を防いで新型コロナウイルス感染を予防するという報告があります。
鼻うがいをしてはいけない人は?
急性中耳炎や滲出性中耳炎、声帯麻痺、誤嚥を起こしやすい人、蓄膿症などによる膿性鼻汁がある人は、鼻うがいは避けましょう。
鼻うがいは鼻がすっきりとして気持ちがよいと感じられることが多いですが、やりすぎは禁物です。鼻の粘膜は粘液で守られているため、鼻うがいで粘液を洗い流しすぎないようにしましょう。1日1~2回程度、帰宅後の手洗い、うがいにプラスするなど、生活習慣のなかに取り入れるのがおすすめです。
新型コロナ感染時には無症状でも……上咽頭の炎症で起こるさまざまな全身の症状
上咽頭は、ウイルスや細菌に感染すると急性上咽頭炎が生じ、粘膜の腫れやむくみが起こります。ウイルスや細菌が消失した後も、腫れやむくみが残る慢性上咽頭炎が続くことで、倦怠感、疲労感をはじめ、全身にさまざまな症状を引き起こすことがわかっています。
こうしたウイルス感染後に起こる慢性上咽頭炎と、それに伴う症状は以前から知られていましたが、新型コロナウイルス感染症でも感染後に慢性上咽頭炎がみられる人がいることから、コロナ後遺症の多様な症状と慢性上咽頭炎との関係に注目が集まっています。
現在、コロナ後遺症の患者さんに対し、慢性上咽頭炎に対する治療(上咽頭擦過療法:EAT)を行う医療機関もあり、その補助的な治療法として鼻うがいの指導を行う医療機関もあります。
鼻うがいは、鼻水がのどに流れてくる、ハウスダストや花粉などによるアレルギー症状に悩んでいる人などの症状軽減にもなります。医療機関での治療の必要がある病気が隠れていないかなどを確認したうえで行うようにしましょう。
ここがポイント!
- ・花粉やほこり、ウイルスなどをすっきり洗い流す「鼻うがい」
- ・痛くない鼻うがいのポイントは体液に近い「0.9%濃度の生理食塩水」
- ・新型コロナウイルス感染症の後遺症の補助的な治療として一部医療機関でも行われている
- ・新型コロナウイルス感染症の感染予防にも役立つ可能性があるとして注目されている
引用・参考資料
※1 厚生労働省:感染対策の基礎知識1
https://www.mhlw.go.jp/content/000501120.pdf(2022年5月13日閲覧)
※2 国立感染症研究所:新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染経路について
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11053-covid19-78.html(2022年5月13日閲覧)
※3 Ramalingam S. et al. : A pilot, open labelled, randomized controlled trial of hypertonic saline nasal irrigation and gargling for the common cold. Nature, Scientific Reports, 31 January 2019.
https://www.nature.com/articles/s41598-018-37703-3(2022年5月13日閲覧)
※4 Ramalingam S. et al. : Hypertonic saline nasal irrigation and gargling should be considered as a treatment option for COVID-19. J Glob Health, 10(1):p.1-4, 2020.
https://jogh.org/documents/issue202001/jogh-10-010332.pdf(2022年5月13日閲覧)
※5 Baxter AL,et al. : Rapid initiation of nasal saline irrigation to reduce severity in high-risk COVID+ outpatients: a randomized clinical trial compared to a national dataset observational arm. medRxiv, Updated December 8, 2021.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.16.21262044v3(2022年5月13日閲覧)
※6 日本病巣疾患研究会:みんなで鼻うがいプロジェクト
https://jfir.jp/hanaugai-fund/(2022年5月13日閲覧)
※7 Rafael R. G. et al. : Inhibition of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Replication by Hypertonic Saline Solution in Lung and Kidney Epithelial Cells. ACS Pharmacol. Transl. Sci. 4, 5, 1514–1527, 2021.
https://doi.org/10.1021/acsptsci.1c00080(2022年5月13日閲覧)
厚生労働省:新型コロナワクチンQ&A「ワクチンと免疫の仕組み ー 新型コロナワクチン3回目はなぜ必要?」
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/column/0010.html(2022年5月13日閲覧)
令和3年度厚生労働行政推進調査事業費補助金振興・再興感染症及び予防接種政策推進事業「一類感染症等の患者発生時に備えた臨床的対応に関する研究」研究班:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊罹患後症状のマネジメント暫定版
https://www.mhlw.go.jp/content/000860932.pdf(2022年5月13日閲覧)
田中亜矢樹:コロナ感染後遺症治療としての上咽頭擦過療法(EAT)と鼻内翼口蓋神経節刺激法(INSPGS)の効果と作用機序仮説、および鼻うがいのCOVID予防効果.診療研究,東京保険医協会.575:p.1-10,2022.
田中亜矢樹
(たなか あやき)
医療法人永成会田中耳鼻咽喉科院長
http://www.tanaka-jibika.jp/
大阪市立大学医学部医学科卒業後、同附属病院耳鼻咽喉科、金沢医科大学医学部附属病院耳鼻咽喉科を経て、アクティ大阪耳鼻咽喉科医院勤務。2004年大阪市福島区に田中耳鼻咽喉科を開院。日本耳鼻咽喉科学会認定耳鼻咽喉科専門医、日本耳科学会、日本鼻科学会、耳鼻咽喉科臨床学会、日本口腔・咽頭科学会等に所属。認定NPO法人日本病巣疾患研究会理事を務めている。